こんにちは!今回は第105回目になります!
今回は、「水たまりで息をする」という小説について。
みなさん、『水たまりで息をする』という小説、ご存知でしょうか?
著者は、高瀬隼子さんという方で、第165回芥川賞候補作になった作品です。
今回は、こちらの本について、小説のあらすじと、ラストの考察を書いていこうと思います。
ネタバレも含みますので、ご注意ください。
それでは、ぜひ最後までご覧ください。
水たまりで息をする|あらすじ
序盤|水たまりで息をする
“夫が風呂に入っていない。”
この書き出しから、小説はスタートします。
主人公は、35歳の女性、衣津実。
夫婦で共働きをしている家庭で、子どもはいない。
衣津実の夫が、『風呂に入れなくなったこと』から、物語が始まっていきます。
最初は抵抗感もあったものの、その生活に慣れていく衣津実。
一方で、その生活に口を出してくる義母。
“これは夫婦の問題なんだ”と、次第に義母とも距離を置くようになります。
中盤|水たまりで息をする
そんなある日、テレビで綺麗な川の映像が流れていました。
「泳ぎたいな」
夫はそう言いました。
衣津実の田舎の川がこんな感じだったので、急遽一緒に帰省することに。
風呂に入れなかった夫は、川の中に入ると「めっちゃ冷たい!」と叫びながらも、とても気持ち良さそう。
それから何度か、衣津実の田舎に行くようになりました。
終盤|水たまりで息をする
やがて、夫は仕事を辞めて、衣津実の田舎に、夫は移住することに。
“夫がいてくれたらそれでいい”と思い、衣津実も仕事辞めて、移り住みます。
田舎でのんびりとした生活を始めた二人。
そんなある日、とても強い雨の日がありました。
川が増水しているので、ダムの放流も行うようです。
ダムの放流があると、さらに川の勢いは増します。
夫は雨でも構わず川に行ってしまうので、「ダム放流してるらしいよ」と念のためメール。
返事はない。
家についても夫はいませんでした。
急いで外に飛び出して、河原に行きます。
川の水の勢いは激しく、ごおごおと流れる川を見て、衣津実は絶望感を感じながら、家に帰りました。
ふと、家の中で、「風呂場は確認していなかった」ことに気付きます。
思いついた瞬間早足になり、音を立てて風呂場のドアを開けます。
ラスト|水たまりで息をする
夫は風呂に入らない人だった。
もちろん、風呂場にはいなかった。
衣津実は三日後、前に来た河原に行きます。
小屋ほどある大岩の位置が、変わっていたので、「人間なんかは水槽に浮いている埃みたいなものだろう」と思います。
ふと、岩と岩の間の砂地に、水たまりができていたことに気づきました。
覗き込むと魚が一匹。
衣津実は風呂場を思い浮かべ、家に持ち帰って、バスタブに浮かべようと思います。
ラスト考察|水たまりで息をする
あらすじに長くかけすぎました。すみません。
この小説では、夫の生死について書かれていません。
最後、夫はどうなったのか、それについては、想像するしかないんですね。
結末がはっきりしないまま終わる小説は、結構好きです。
みなさん、どうなったかと思いますか?
川に流されて亡くなってしまった。
一般的に多いのは、この結末ではないでしょうか。
僕もそう思います。
でもね、こんなパターンもあるんじゃないかな?と思うんですよ。
“夫は、どこか違うところに行ってしまった”
小説の中で、夫はこんなセリフを言っています。
「おれのせいで衣津実の人生が強制されてしまうのが悲しい」
これは、衣津実も一緒に移住するつもりだと打ち明けた時に発せられた言葉です。
この小説では、夫側からの視点で語られることはありません。
なので、夫の気持ちというのは、衣津実からの視点で掴んでいくことしかできないんですね。
自分のせいで、妻を不自由にさせている。申し訳ない。
そんな気持ちもあったのかと思います。
もしかしたら、優しい夫だからこそ、自分から去っていったのかもしれませんね。
最後に
今回は「水たまりで息をする」について書いてみました。
簡潔にまとめるために、小説の中で端折った箇所も多々あります。
例えば、夫が風呂へ入れなくなってしまった要因。
これ、みなさんなぜだと思いますか?
ぜひこちらの本、実際に手に取って読んでみてください。
また、以下の記事では、小説ではなく、実際に山奥に移住した人の話「山奥ニート」について、書いています。
とっても面白いです。
ぜひあわせて読んでみてください。
コメント