Vol.146 僕の思い出ごはん|PHP研究所書籍『思い出ごはん』を読んで思い出したこと

僕の思い出ごはん 30代男子の人生経験

※この記事にはプロモーションが含まれています。

こんにちは!今回は第146回目になります!

今回は、『思い出ごはん』というテーマで書いていきます。

なぜ、この記事を書きたいかというと、PHP研究所書籍『思い出ごはん』を読んだからです。

こちらの本は、作家や料理研究家、デザイナーなどが、「思い出のごはん」をテーマに綴ったエッセイ集。

全75作収録しています。

これが本当に味わい深くて面白い!

ちょっぴり泣けてくる記事もありました。

なので、もし、この本に僕の記事も載せるなら、、、といった妄想全開で、今回僕もこの本に参加してみたいと思って記事を書きます。

今回の記事では、3作書かせていただきます。

ぜひ、最後までご覧ください。

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神保町 龍龍軒|高校時代の思い出ごはん

神保町 龍龍軒

高校一年生の時、土曜日の授業が終わると、駆け足でその場に向かっていました。

向かった先にあるのが、神保町にある『博多龍龍件』。

ラーメン屋です。

当時、世間はゆとり教育で土曜授業はなかった時代でしたが、僕の通っていた高校では、土曜日は午前中だけ行われていました。

土曜日の4限が終わると、ダッシュで龍龍軒へ。

なぜ走っているのかというと、席を待ちたくなかったから。

僕の高校は中学も併設されていて、あわせて1000人程度。

その各々が、授業が終わるとごはんを食べに行きます。

もちろん、そのまま帰る人も多かったし、弁当を持ってくる人もいました。

でも、外食する人も結構居たんじゃなかったかな?

そんなわけで、お昼ごはんの争奪戦が始まっていましたね。

龍龍軒は、僕ら生徒の人気店の一つでした。

ラーメン一杯500円。

学生にはとっても良心的な価格でしたね。

10代のお腹はいつも腹を空かしています。

席を待つのなんて考えられない(今は、ダッシュの方が考えられないですけど、、、)

だから、われ先にと、4限授業が終わると急いで龍龍軒に向かっていました。

錦華公園
近隣の錦華公園 千代田区HPより

龍龍軒のラーメンは、豚骨ラーメン。

細めの中華麺に、薄い橙色の濃厚なスープが絡まって、これがまた本当に旨かったんだよなぁ、、、

部活のメンバーと、一緒になって食べていたことが、本当に懐かしいです。

高校2年生になると、学校が調布の方に移転してしまい、龍龍軒に足を運ぶことはなくなりました。

調布の方でも、色々とごはん屋さんに巡り会いました。

でも、龍龍軒を超えるような思い出はありません。

もしかしたら、あの頃、駆け足で向かっていた思い出も含めて『思い出のごはん』なのかもしれませんね。

今はもう閉店してしまった龍龍軒。

もう二度と食べれない龍龍軒のラーメンの味は、10代の思い出として、くっきりと心に刻まれています。

バリ島で食べたピザ|卒業旅行の思い出ごはん

バリ島で食べたピザ|卒業旅行の思い出ごはん

大学の卒業旅行は、南の島『バリ島』に行きました。

ラクロス部の部活のメンバーと一緒に総勢17名の旅。

各々サングラスを買っていて、羽田空港から着用するようなはしゃぎっぷりでした。

バリ島までは、羽田空港から飛行機で8時間程度。

時差は確か1時間だったと思います。

バリ島では、海に行ったり、自転車で山下りをしたり、ラフティングをしたり。

これが本当に楽しかった。

人生の中でもベスト3には入る楽しい旅でしたね。

さて、ごはんの話。

バリ島の郷土料理を皆さんご存知でしょうか?

そう、『ナシゴレン』

僕らはバリ島に着いて初めて食べた食事もナシゴレンでした。

バリ島 ナシゴレン
ナシゴレン

地元のローカルなレストランに入って、

「せっかくバリ島に来たからね。それっぽい料理を食べないと!」

なんて言っていたような気がします。

味はともかく、現地の料理を食べて満足していました。

ただ、その後鬼のようにナシゴレンが提供されるとは、想像せず、、、

バリ島には4泊5日いましたが、本当にナシゴレンばっかり提供されるんですよ。

どこへ行ってもナシゴレン。

ナシゴレン!

ナシゴレン!!

いや、いい加減飽きたわ…!

旅行の最終日、「もう、ナシゴレンはお腹いっぱい」というみんなの気持ちが合致して、向かった先がイタリアンレストランでした。

ここで提供されたピザが、なんとまぁ旨いこと!

薄味のナシゴレンに飽きていた僕らは、チーズたっぷりの濃厚なピザを夢中で食べました。

きっと、日本で普通に食べていたら普通のピザ。

でも、バリ島で食べたピザが、今までで一番うまかったな〜。

おばあちゃん家のカツサンド|家の思い出ごはん

祖父母の家は、東京都大田区にあります。

僕ら家族は横浜に住んでいましたので、1時間程度で行ける距離でした。

10時ごろに出発し、お昼ごはんを食べ、なんやかんや過ごして夜ごはんも一緒に食べて帰宅する。

そんな過ごし方を、小学生の頃までは月に1回くらいしていたような記憶があります。

お昼ごはんの定番はカツサンド。

近所の肉屋さんでカツを買ってきて、それに中濃ソースをかけます。

そして、バターをたっぷり乗せたトーストで挟むだけ。

ものすごくシンプルなのですが、それがとっても美味かった。

お昼ごはんのメインは、ほとんど毎回カツサンドでした。

中学に上がり、なかなか祖父母の家に行かなくなったとしても、たまに行った時にはカツサンドを用意してくれていましたね。

初孫の僕には、とびっきり甘いおばあちゃんでした。

社会人になり、僕は大阪へ。

当然の如く、祖父母の家に行く機会はめっきりと減りました。

行くのは、年末年始の親戚の集まりくらい。

その時は、カツサンドではなく、おせち料理を食べていました。

そんなめっきり行かなくなった祖父母の家ですが、最近は行く機会が増えました。

それは、僕に子どもができたから。

ひ孫に会わせるために、長期休みの際は、子どもと一緒に遊びに行っています。

ここで昼飯で出されるのは、やっぱりカツサンド。

でも、作ってくれるのは祖母ではありません。

祖母は84歳。

まだまだ元気なのですが、キッチンにいるのは僕の母と叔母にバトンタッチしていました。

変わらない食事と変わっていくキッチン。

数年後には、また大きく変わっていくでしょう。

あと何回顔を合わせるのか。

そう思うと、ちょっぴり切なくなってきます。

最後に

思い出ごはん

今回は、「思い出ごはん」について、書いてみました。

みなさんも“思い出ごはん”ってありませんか?

例えば、学生時代によく行っていたお店であったり、旅行先のご飯であったり、家庭料理であったり。

今回僕が書いたのは、この3つなのですが、皆さんにも共感できるようなものがあるのではないでしょうか。

はじめに書きましたが、PHP研究所書籍『思い出ごはん』には、このようなエッセイが75作品あります。

エッセイ好きにはたまらない本だと思います。

ぜひ読んでみてください。

最後に、以下の記事では、料理といえば古内一絵さんの小説『マカンマラン』を紹介しています。

こちらもあわせてご覧ください。

この記事を書いた人
komo

ちょっぴり繊細長女・マイウェイ次女・甘えん坊ベイビー長男・石橋を叩き気味な妻と暮らす32歳会社員👨
そんな私の毎日をブログで発信中。
自分の不器用さに呆れながらも、なんとか日々平凡な暮らしをしています。
小説を読むのが好き📕
2025年4月まで育休予定🧑‍🍼

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