こんにちは!今回は第57回目になります!
今回は、「父は忘れる」という名文について書きたいと思います。
僕は現在30歳のパパです。
27歳の時に長女、28歳の時に次女が産まれました。現在、3歳と2歳です。
みなさん、D・カーネギーの「人を動かす」という本を知っていますか?
日本で500万部を突破した超ベストセラーです。
その中で紹介されていた“父は忘れる”という文章について、今回は書きたいと思います。
子どもに叱りたくなった時、思い出してほしい文章です。
子育て中の方、ぜひ最後までご覧ください。
父は忘れる
早速ですが、この文章を読んでみてください。
『父は忘れる』
坊や、聞いておくれ。
お前は小さな手に頬をのせ、汗ばんだ額に金髪の巻き毛をくっつけて、安らかに眠っているね。
お父さんは、一人でこっそりお前の部屋にやってきた。
今しがたまで、お父さんは書斎で新聞を読んでいたが、急に、息苦しい悔恨の念に迫られた。
罪の意識にさいまれてお前のそばへ行ってきたのだ。
お父さんは考えた。
これまで私はお前にずいぶん辛くあたっていたね。
お前が学校へ行く支度をしている最中に、タオルで顔をちょっとなでただけだと言って、叱った。
靴を磨かないからと言って、叱りつけた。
また、持ち物を床の上に放り投げたと言っては、怒鳴りつけた。
今朝も食事中に小言を言った。
食べ物をこぼすとか、丸呑みにするとか、テーブルに肘をつくとか、パンにバターをつけすぎるとか言って、叱りつけた。
それから、お前は遊びに出かけるし、 お父さんは駅に行くので、一緒に家を出たが、別れる時、お前は振り返って手を振りながら、
「お父さん、行ってらっしゃい!」と言った。
すると、お父さんは、顔をしかめて、「胸を張りなさい!」と言った。
同じようなことがまた夕方に繰り返された。
私が帰ってくると、お前は地面に膝をついて、ビー玉で遊んでいた。
ストッキングは膝のところが穴だらけになっていた。
お父さんはお前お家追い返し、友達の前で恥をかかせた。
「靴下は高いのだ。お前が自分で金を儲けて買うんだったら、もっと大切にするはずだ!」
これが、お父さんの口から出た言葉だから、我ながら情けない。
それから夜になってお父さんが書斎で新聞を読んでいる時、お前は悲しげな目つきをしておずおずと部屋に入ってきたね。
うるさそうに私が目を上げると、お前は、入り口のところで、ためらった。
「何の用だ」と私が怒鳴ると、お前は何も言わずに、さっと私のそばに駆け寄ってきた。
両の手を私の首に巻きつけて、私にキスした。
お前の小さな両腕には、神様が植え付けでくださった愛情がこもっていた。
どんなにないがしろにされても、決して枯れることのない愛情だ。
やがてお前は、バタバタと足音を立てて、2階の部屋へ行ってしまった。
ところが、坊や、そのすぐ後で、お父さんは突然なんとも言えない不安に襲われ、手てにしていた新聞を思わず取り落としたのだ。
何という習慣に、お父さんは、取り憑かれていたのだろう!
叱ってばかりいる習慣。
まだほんの子供にすぎないお前に、お父さんは、何ということをしてきたのだろう!
決してお前を愛していないわけではない。
お父さんは、まだ年端も行かないお前に、無理なことを期待しすぎていたのだ。
お前を大人と同列に考えていたのだ。
お前の中には、善良な、立派な、真実なものがいっぱいある。
お前の優しい心根は、ちょうど山の向こうから広がってくるあけぼのを見るようだ。
お前がこのお父さんに飛びつき、お休みのキスをした時、そのことがお父さんにははっきり分かった。
他のことは問題ではない。
お父さんは、お前にはわびたくて、こうしてひざまついているのだ。
お父さんとしては、これが、お前に対するせめてもの償いだ。昼間こういうことを話しても、お前には分かるまい。
だが、あすからは、きっと、よいお父さんになってみせる。
おまえと仲よしになって、いっしょに喜んだり悲しんだりしよう。
小言をいいたくなったら舌をかもう。
そして、おまえがまだ子供だということを常に忘れないようにしよう。
お父さんはおまえを一人前の人間とみなしていたようだ。
こうして、あどけない寝顔を見ていると、やはりおまえはまだ赤ちゃんだ。
きのうも、お母さんに抱っこされて、肩にもたれかかっていたではないか。
お父さんの注文が多すぎたのだ。
引用:「人を動かす」(D・カーネギー)
僕が子どもに当たってしまったこと
実は昨日、本当にしょうもないことで、3歳の長女に当たってしまいました。
ご飯にふりかけを要求しすぎる!ということで、、、
うちは、妻が土日出勤の日が多いです。
そんな時は、僕が1人で3歳と2歳の娘の面倒をみます。
大体、午前中に公園とスーパー行って、午後は家で過ごすみたいなパターンが多いですね。
今回のことは、昼ごはん中のこと。
娘2人とも、もう1人で食べられます。
ただ、ご飯をよそったり、お茶を入れたりするのは、まだ出来ないです。
「おちゃ〜」と言われたら、食事を止めて、お茶を注いであげます。
ふりかけも同様です。
「ふりかけ〜」と言われたら、箸を置いて、ふりかけをかけてあげます。
こんな感じなので、ゆっくりご飯を食べることは、できないですね、、、
娘は、ご飯に味がないのが嫌なのか、頻回にふりかけを要求します。
「ふりかけ〜」→かける。「ふりかけ〜」→かける。「ふりかけ〜」→もう!!
3回目の要求の時、盛大に「もう!!」と言ってしまいました。
娘の反応
娘は、泣いたりはしませんでした。
ただ、しきりに「もう?って何?」「もう?って何?」「もう?って何?」と聞いてきました。
娘にしてみれば、悪いことなんてしていないですからね。
純粋に、「なんでパパは、もう!って言ったんだろう?」と思ったでしょう。
自分を恥じましたね、、
「パパ家事していて疲れちゃった」なんて言い訳をしました。
すると、娘が、「パパ、大好きだよ」とそっと言ってくれました。
“父は忘れる“を読んで思うこと
“父は忘れる”の文中に、子どもを大人と同列に考えていた。とあったと思います。
時々、子どもが何かをするとき、「なんで!?」と思ってしまうんですね。
片付けができない、嫌いなものを食べない、保育園に行くのを嫌がる。
そんな時に、感情的になってしまうこと、正直あります…。
それは、子どもを大人として考えているかもしれません。
大人でも片付けできなかったり、嫌いなものを食べれなかったり、会社行くのを嫌がったり。。。
大人でもできないことあるんです。
子どもが何かをできなくても、「そりゃそうだよな」と思うことが大切かもしれないですね。
最後に
今回は「父は忘れる」という名文について書いてみました。
いかがだったでしょうか?
昨日、娘には、本当にごめんなさいという気持ちでいっぱいになりました。
子育ては、忙しいですけど、本当に大切な時間だと思っています。
娘といられる時間を大切に、しっかり噛み締めて、生きていきたいと思います。
また、こちらの「父は忘れる」の名文が載っているD・カーネギーの「人を動かす」も、ぜひ手に取って読んでみてください。
もし、読む時間がとれない…って人は、耳から聴いて学べるAmazonオーディブルとか使ってサクッと通勤中とかにインプットしてみてもいいと思います。
また、以下の記事では、ビルギャルの先生が書いた「人に迷惑をかけるなと言ってはいけない」という本について、書いています。
こちらの記事もぜひ読んでみてください。
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